城西大学附属 城西中学校
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生徒の「学びの自由」を貫く かつて、城西にはチャイムもなければ分科された教科や時間割もなく、生徒が学校側から一方的に押し付けられて管理されるようなものは一つも存在していませんでした。教科に細分化された一方向的な知識の注入ではなく、総合的(合科的)で体系的な知の根源へと迫り、生きた学力の獲得を自ら行っていく、それこそが城西が100年かけて目指してきた教育のあり方なのです。 城西の教育を紐解くと、その源流は第2代校長・野口援太郎先生に行き着きます。 学校を社会そのものとみなし、学校生活を通して自由に学習に取り組む環境の整備を行い、共同生活における生徒の自発性と自治を尊重する。何事も学科にとらわれず、直接事物に触れ、その真相を観察して会得することに主眼を置き、自然の中から学びを発生させ、教師は生徒にどこまでも寄り添う教育を行う。個人の自律的な学習を全体の学習へと発展させ、共有する中で集団としての学習の広がり、深まりを企図する。野口校長が示した教育像はまさに、大正時代から今日まで本校の教育観として脈々と受け継がれている、根源的な「人間教育」であったと言えるでしょう。 今日、情報化社会が急速に進み、生徒が長い時間をかけて一つのことを考える機会が少なくなりました。これは今の城西の課題でもあります。成績に結び付きやすい効率的な学習を好む生徒や、学習を作業として捉えてしまう生徒も増えています。ICT機器の普及や受け身の生活習慣によって自ら考える生徒が減り、生徒は早期に解答を知ることを求めるようになってきつつあります。何度もじっくりと考え、失敗しては修正をしていくプロセスを重視し、試行錯誤を行う時間をより多く増やしていくことが、今後私たちには必要です。 これからの世の中は、自分たちで考え、自分たちで解決することが必要とされていくでしょう。21世紀に入り、政府が個人の自由と自己責任をクローズアップする政策(新自由主義)に舵を切ったようにも見えます。 明治以来の義務教育における知識技能注入型重視の教育から、本格的に個人の自己責任の中で主体性を持って考える教育を目指し、今後は政策も変更されていくと考えられますが、城西は依然として一貫して体験型学習を重視し、生徒が主体的に考える教育によって生徒の学びの自由を貫き、未来の学校教育を担い、新たなる歴史を築いていきたいと考えています。修学旅行 宮島(1964)教職員(1955)生徒下校風景(1949)硬式野球部夏の甲子園出場(1979)

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