実践女子学園 中学校高等学校
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今昔写真館制服正門・西門下田歌子が1893年に欧米視察から持ち帰りました。1931(昭和6)年ころの正門(上)西門(下)と現在*正門の「門柱」は現在も昭和初期の頃のままです。日本で最初に制服を作ったのは「実践女学校」でした。当時は新入生に対し、在校生がこの制服(和服の上から着る矢絣)を縫いあげていました。運動会の花形「メイポールダンス」中学校高校現在の制服成功したとき、母は涙を流していました。そんな母が「実践女子の礼を重んじる教育に、社会に出てからどんなに感謝したことか」と、よく話してくれます。私も母や祖母と同じように、実践女子の「礼」=「相手を思いやる心」をずっと大切にしていくつもりです。は時の皇后より賜りました~1932(昭和7)年 源氏物語を講義する下田歌子1936(昭和11)年(歌子82歳)○車椅子で教壇にあがり、生徒に語り続けました。実践女子学園のあゆみエピソード3さまざまな著作「女子の修養」は今も生徒が読み継いでいます。歌子の「源氏物語」講義は、坪内逍遥の「シェイクスピア」講義と並び賞されるものでした。「節操を守り信念をもって毅然と生きてほしい。 外国の女性にもまけないで、日本のおとめたちよ」1899(明治32)年(歌子45歳)○実践女子学園創立ときはなる 色も深めて ことくさに たちまさらなむ やまとひめ松くれたけの ふしどのうちに 学び得し 道を伝えむ 待てや教え子まよひなき 正しき道は 見ず聞かず 言わず むなしき空にみちたり44Jissen Joshi Gakuen Junior & Senior High School

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