頌栄女子学院中学校
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24軽井沢学荘は、1978年のクリスマスの日に、9,990平方メートル(約3,000坪)の土地を購入し、1980年4月より建設が始まり、翌年の3月に完成した本校の教育施設です。宿舎を含めた施設の主要部分となるセミナーハウスや、体育館、全天候型のテニスコート2面が広い敷地内につくられました。冬季には上級者の「スキーキャンプ」や英会話研修、春期、夏期には山荘と同様に「オリエンテーションキャンプ」や各種スポーツと勉学の合宿に使われます。ここでの生活は土を踏むことなく通学する都会の生徒たちに、自然と直にふれあう機会を与えています。軽井沢は頌栄の歴史にとっても、非常に縁の深い土地です。1889(明治22)年夏、頌栄の英語教員で、婦人宣教師でもあったMiss C. T. Alexanderが、軽井沢の自分の別荘において、頌栄の生徒20数名のために林間学校を開きました。これが「日本で最初の林間学校」と言われています。また、頌栄の第二代校長、木村熊二は14年間の米国留学から帰国後、官、政、財界からの要請を断わり、牧師となって伝道生活に入りました。そして、軽井沢から近い小諸の地において、島崎藤村の協力を得、「小諸義塾」を開きました。懐古園内にある記念館の中には創立当時の頌栄女学校の写真や、岡見家に関わる資料なども展示されています。木村熊二は教育と伝道に情熱を注ぐ一方、村民たちに桃の栽培や、缶詰工場の技術開発を指導し、小諸の発展に大きく寄与しました。また、外国人の宣教師たちに避暑地としての軽井沢を紹介した最初の日本人で、軽井沢が今日避暑地として発展した端緒を開いた人でもあります。

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